すこぶる筋肉痛だ。運動翌日に激しい筋肉痛が起こっているということはまだ僕の体も年齢適応の肉体を保てているということだが、日頃からきちんと運動していればこんなことにはなりやしない。
話は前後するけれど、行って来ました四天王寺古書即売会。
なんでもNHK
のバカタレが前日にテレビで紹介したらしく、人がわんさかおりました。古書店のおっちゃんたちも、
「NHK様様やなぁ」
なんて言ってるが、ゆっくりゆったり見たい僕の100%精製された本音は、「ちっ。」という舌打の音に全てが含まれる。
てなわけでなんか面白い本はないかねぇと色々うろちょろする。今回もワゴンに盛られた和本の束を一冊一冊物色。手が真っ黒になった頃休戦。
コーヒーを飲みながら、亀を見る。

いつ見ても四天王寺の亀たちは異様だ。大阪にお住まいの方は亀を見るためにも是非四天王寺へ。お子様も喜びます。
「亀を見せてあげるよ」
酒鬼薔薇聖斗ですね。誰も覚えてないですか。
さてハンティング再開。すでにいろいろと買ってはいるのだけど、
100円均一コーナーで、おお!?と思ったのがこちら。

『幻術の理法』
1900年発行!
107年前!
100円!
目次を見る限り、日本の「幻術」と言われるものを合理的に解釈したもののようだ。
幻術といえば、お化けをどど~んと出したり、10人に分身したり、巻物くわえて巨大なガマガエル出したりと、そういう「んなアホな」な術である。
しかしだ、幻術という言葉そのものをよく見ていただきたい。「幻」の術なのだ。
そう、相手に幻を見せる術、それが幻術だ。
してどうやって幻術を使うのかと。100年以上も前の本だから、ホンマかいな?と思いつつも本をパラパラとめくれば、
人間の信仰心、知識、記憶、精神状態、死への恐怖などなどを利用するとこの本は解く。さらに幻覚を見れる方法、食事法なんかまで書いてある。
たしかに、幽霊を信じている人間のほうが幽霊は見やすい。「幽霊」というものの知識、「幽霊」というものは恐ろしいものであるという無意識下の意識があるから、そういうもんを見た時恐怖を抱く。
逆に、生まれた頃から、「幽霊を見たら、必ず抱きつけ、絶対に幸せになれる」と教え込まれた人間が、俗に言う幽霊なるもんを見たらどうするだろうか。
さらに言えば、原始人がこの世にいたとして、幽霊なるものをもしも垣間見たら、彼らは驚くだろうか。
幻術ってのは、そういう人間心理を利用して、「幽霊を見せる」術でもある。
「幽霊を信じている」、「幽霊を見た、あれは絶対に幽霊」という人は、裏を返せば「幽霊を見せやすい人」、すなわち「幻術をかけやすい人」とも言える。
「違う、幻術は幻術、幽霊は幽霊。」
そう思うのは至極分かるし、今まで「幽霊を見た」って人が、実は術者によって幻術をかけられていたなんてそんな馬鹿げた話があるわけない。
だいたい、このご時世に幻術なんか使ってどうするのか。儲かるのか。
しかしだ、「あれは絶対幽霊!」と思わせることもまた幻術には重要なのでしょう。
”心性作用は思想のれんがふせるまゝに、種々さつたの事柄にさふとうし・・・”
とりあえず、読みにくい文章だ。